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◆2014-15年度第10回和田勇賞授賞式・「和田勇物語」感想文最優秀賞表彰式


2015年2月13日の当クラブ創立記念例会にて、
「和田勇物語」感想文最優秀賞表彰式が行われました。
(2014-15年度和田勇賞は、該当者なしでした。)


◆第10回和田勇物語感想文優秀作品表彰式

   和田勇物語感想文授賞式  和田勇物語感想文授賞式
本年度も、小学校22校475名、中学校14校598名、計1,073名と、
沢山のご応募を頂き、厳正な審査の結果、
小学生の部-笹野文乃さん、中学生の部-中井充歩さんのお二人を、
本年度の最優秀賞とさせて頂きました。

◆「和田勇物語」感想文最優秀賞作品発表
【小学生の部最優秀賞】

 「人生は一粒の涙」
笹野文乃さん(印南町立稲原小学校5年生)

笹野さん
「2020年の東京オリンピック、お姉ちゃんと二人で出てよ。」
母が冗談で言った。
その時、姉は二十才、私は十七才、ちょうどいい時期。
バレーで同じコートに姉妹で立つ。
どんな感じかなと思った。
今回で二度目となるオリンピックが東京で開催される。
1964年、初めての東京オリンピック開催に貢献した人物がいた。
和田フレッド勇だ。
彼は四才の時、両親と離れ、
和歌山県御坊市で九才までの五年間くらしていた。
祖父母の漁を手伝ったり、
和歌山の自然の中でくらしているうちに、
日本人としてのほこりを持ち始めた。
「自分は日本人なんだ」、
この思いが、後の招致活動にとゆり動かしたのだ。
日本は戦争に敗れ、他国からジャップと差別された。
アメリカでくらす日系人にとっては毎日がきびしい連続であった。
そんな中で水泳の大会が行われようとしていた。
しかし選手の宿泊所がなかった。
彼は家に泊めてあげて、
選手達がリラックスできるように精一杯のおもてなしをしてあげた。
日本が圧勝。
それまで「ジャップ。ジャップ。」と差別されていた日本が
「ジャパニーズ」と親しみを込めてよばれるようになった。
それから彼は東京でオリンピックを開催させるために、
中南米の国を回った。
店の運営や子ども達が心配だったけれど、
彼は祖国のために、
苦しんでいる日系人の希望のために全力を尽した。
「祖国のために。これは僕に与えられた使命や。義務や。」と。
国立競技場にて当時の人々や未来の若者達の希望や夢が実現された。
人生は一粒の涙。
その人生を何もしないで過ごすのはとても、もったいない。
若い人達にはこのような人生を送らないように常にチャレンジしてほしい。
それが和田フレッド勇の願いだ。私も母の夢に向かって挑みたい。


【小学生の部最優秀賞】

◎中学生の部最優秀賞
「フレッド和田勇さんについて学習して」
中井充歩さん(和歌山県立日高高等学校附属中学校2年生)

中井さん和田勇さんは本当に素晴らしい人だと私は思った。
日系人の二世でありながら、
幼いころ過ごした御坊・日高地方に想いを馳せ、
日本の復興のために全力で協力するということは
なかなかできることではない。
それだけ、日本に対する愛情や
感謝の気持ちが強かったのだろうと思った。
和田勇さんは、日本人水泳選手が全米選手権に出場する際、自宅を提供した。
その時、日本は復興の真っただ中にあり、
選手団の宿泊先を経済的な理由から提供できなかったからである。
日本人が困っているという時、
手助けをするためにすぐ行動にうつせるということはすごいことだと思った。
行動にうつせたのは、和田さん自身も
「この大会で日本人選手たちに良い成績を残してもらい、
少しでも日本の復興の手がかりになれば」という
強い思いがあったからに違いない。
その後、日本人選手は良い記録を出すことができた。
その後も和田さんは、日本人の励みになればと、
日本人の選手を受け入れ続けた。
また、「日本にオリンピックを招致しよう。」となった時、
和田さんは、自ら中南米九ヶ国を訪問した。
それが決まった時、和田さんは「東京でオリンピックをやれば、
日本は大きくジャンプできる。
中南米の委員が東京に投票してくれるように
全力を尽くすのが僕の使命だと思う。」と言ったそうだ。
和田さんは、東京オリンピックが実現することで、
日本人だけでなく、
日本の敗戦により肩身の狭い思いをしていた日系人までも
元気付けられると思ったからだと思う。
和田さんは、日本の敗戦によって自分の愛していた日本が悪く言われ、
とても悔しい思いをしていたのだろうと私は思う。
愛する日本が、今の状態を抜け出せるように力を尽くし、
日本の人々や日系人に勇気と自信を与え、
もとの素晴しい日本を取り戻してほしいという情熱があった。
和田さんは、本当に素晴らしい人だ。
オリンピックが実現した後、和田さんは
「日本人は、みな、ようがんばった。」と言った。
自分の手柄だということを全く言わず、
みんながんばったというのは、すごく謙虚だと思う。
今の日本も、東日本大震災や、
様々な災害で困っている人がたくさんいる。
その復興のために、和田さんのように行動するということはなかなか難しい。
しかし、私たち一人一人が、日本を愛し、
日本人であることの誇りをもつということはできるはずだ。
同じ日本人として、何か困っている人がいるのなら、
自分のできることをしていきたいと思う。


和田勇レリーフ(御坊市役所)前にて記念撮影


★その他の入賞者の皆さんは、以下の通りです。
【優秀賞】
紺谷優志君(湯川中学校2年生)
黒祖太智君(和歌山県立日高高等学校附属中学校2年生)
坂口亜沙美さん(清流小学校5年生)
小川唯奈さん(和田小学校5年生)
【入賞】
柏木柚香さん(名田中学校2年生)
平将人君(切目中学校2年生)
畑中杏さん(清流中学校2年生)
松原実由さん(日高中学校2年生)
橋爪友希さん(河南中学校1年生)
中野歩美さん(御坊中学校2年生)
玉置皆好君(稲原中学校2年生)
在路竣君(大成中学校2年生)
小山桃葉さん(名田中学校2年生)
松下羽衣さん(由良中学校2年生)
杉本まりんさん(松洋中学校2年生)
吉本龍正君(御坊小学校5年生)
神道光亮君(和佐小学校5年生)
山本裕矢君(江川小学校5年生)
今村朱里さん(塩屋小学校5年生)
寒川薫さん(川辺西小学校5年生)
阪本淑恵さん(藤田小学校5年生)
藁科早希さん(切目小学校5年生)
玉置莉悠さん(稲原小学校5年生)
楠見慎海君(名田小学校5年生)
風山実優さん(三百瀬小学校5年生)
今井佑奈さん(湯川小学校5年生)
岡田結衣さん(印南小学校5年生)
鈴木拓海君(比井小学校5年生)
加藤菜乙さん(内原小学校5年生)

(中学校:応募者数485名 12校、小学校:応募者数450名 18校、合計935名)


 

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