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◆2008-09第4回和田勇賞授賞式・「和田勇物語」感想文最優秀賞表彰式

2009年3月6日(金)、第2716回例会にて、

第4回和田勇物語感想文最優秀作品表彰式が行われました。
(第4回和田勇賞は該当者なし)
和田勇賞・感想文優秀者 和田勇賞・感想文優秀者


◆第4回和田勇物語感想文優秀作品表彰式

小学生の部では8校166名、中学校の部では8校374名と多くの作品を応募頂きました。
その中から小学校の部では南りょうさん(塩屋小学校5年生)、
中学校の部では濱口直也さん(松洋中学校2年生)が、最優秀賞に選ばれました。
おめでとうございます。


◆小学校の部・最優秀賞

南りょうさん南りょうさん(塩屋小学校5年生)

私は、和田勇さんの話を読んで、こんな近くに、
すごい人がいるなんておどろきました。
太平洋戦争が始まって、
幼年時代をすごした日本と九歳のときから住み、
ハイスクールに通いながら働いていた
アメリカの二つの祖国が対立すると、
とても悲しかったと思います。

私なら、どうしてただろう? 
きっと、どうすることもできなかったと思います。


それでも和田さんは、戦後ロサンゼルスに移り
「ファーマー・フレッズ・マーケット」を十七店持つなんてすごいと思いました。

昭和二十四年に敗戦後初めて日本が国際大会参加を許された全米水泳選手大会で、
自宅を宿舎として提供し、選手団の食事や通訳など、
全ての面倒をみた和田さんは、とても優しさがあって、
そんな和田さんを私はとてもそんけいしています。

さらに、和田さんを私はとてもそんけいしています。
さらに、和田さんが面倒をみた水泳選手の、さらに、
和田さんが面倒をみた水泳選手の、古橋・橋爪選手が世界新記録を樹立し、
ほとんどの種目で日本が優勝したのは、和田さんの優しさのおかげだと思います。

そのおかげで日本人が「ジャップ」と馬鹿にされてたのが、
一夜にして、「ジャパニーズ」になって、
勇気と誇りを与えたのには、とても感動しました。

この大会が縁で、岸首相からオリンピック招致の親書を受けたときに、
和田さんが正子夫人に語った言葉がとても心にしみました。

その言葉が、「東京でオリンピックが開けるなら、
店のことなどどうなってもええと思うとる。
マサと二人で、中南米の関係者にお願いしたほうがええに決っとるだろうが。
東京でオリンピックやれば、日本は大きくジャンプできるのや。
日本人に勇気と自信を持たせることができるやろう。
中南米のIOC委員が東京に投票してくれるように、全力を尽くさないかん。
僕はそのことが僕に与えられた使命や思う。責務や思う。」
少し長い言葉だけれど、この言葉から、和田さんの人柄がうかがえます。

そして四十日間もの中南米二人旅をしました。
和田さんは、日系人としてただ一人の招致委員会委員を委嘱され、
特命移動大使級の権限を与えられました。
けれども、費用を日本側がもってくれるわけではなく、
和田さんの私費です。大変な強行日程で、
二つのプロペラの一つが止まってしまうアクシデントにあいながらも、
「東京オリンピックを開きたい」という、
一つの目標に向かって私財と命を懸けたのには、
おどろき、感動し、勇気をもらいました。

今の日本があるのも、今の私がいるのも、和田さん、そして周りの人たちだと思っています。

「和田勇さん、ありがとう。」


◆中学校の部・最優秀賞

濱口直也さん濱口直也さん(松洋中学校2年生)

「和田勇の生涯」
今から四十八年前の一九六四年に
日本で初めてのオリンピック、
東京オリンピックが開催された。

この時、オリンピックの招致委員会の委員として、
大きく貢献した和田勇(フレッド・ワダ)は一体、
どのような招致活動をしていったのだろう。

和田勇は、日系ニ世でワシントン州出身。

四歳から九歳まで、御坊の祖父母のもとで育った。
生まれた家庭は貧しく、早くに母を亡くしている。
また、太平洋戦争のときの日系人に対する差別もあった。
こうした苦労が積み重なっても、様々なことをやり遂げてきた。
水泳選手に自宅を提供したのをきっかけに和田勇は、
日本でもその名が知られるようになった。

そして、和田勇はオリンピックの招致委員となり各国を訪問した。
このとき和田勇は何を考えていたのだろう。
「絶対にオリンピックは東京で開催するぞ」と思っていたのだろうか。

自分の財産を人のために、国のために使い、
そして東京オリンピックに導いた和田勇(フレッド・ワダ)は、
御坊・日高や和歌山の程度ではなく、日本の英雄ではないだろうか。

人一人の力では、どうにもならないことばかりでも、
一人、また一人とその人を支え、応援してくれる人がいれば、
その一人はとても勇気がわいてくると思う。

和田勇にお世話になった水泳の選手もこの人がいたから
「少しでも恩返しを」と思い早く泳げたのかもしれない。
また和田勇も自分が応援した選手が成功をおさめたので、
次の活動に取り組む意欲がわいてきたのかもしれない。

このように、実際にその活動をしている人は少なくても、
それを支援している人や、その人を信用している人は、たくさんいると思う。

家庭や友人でなくてもその期待は裏切ってはいけない。
「そんな事は無理」と思っている人もいるかもしれないけれど、
そんなことやってみないと分からない。

和田勇のようにいろいろなことに挑戦し、成し遂げようと努力する気持ちが大切だと思う。


◆その他の入賞者の皆さんは、以下の通りです。

【優秀賞】
清水さららさん(名田小)、山崎萌さん(印南小)、原田偲緒里さん(塩屋小)、
清水智子さん(名田中)、花田有希さん(稲原中)、
田中佑茄さん(松洋中)、林桃子さん(大成中)

【入賞】
文蔵沙樹さん(藤田小)、西上理花さん(志賀小)、上田芽依さん(内原小)、
中家寛敦さん(内原小)、坂田光貴さん(衣奈小)、堂前七海さん(塩屋小)、
熊本萌子さん(印南小)、芝中舞さん(印南小)、大樫征平さん(切目川小)、
橋本賢一さん(御坊中)、中山友里さん(河南中)、西川ちひろさん(河南中)、
古田寛人さん(湯川中)、上野弘達さん(名田中)、西山徳子さん(稲原中)、
森友孝さん(美山中)、高木美波さん(松洋中)、松下鼓都さん(松洋中)

 

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