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◆2007-08第3回和田勇賞受賞式・「和田勇物語」感想文最優秀賞表彰式

2008年2月8日(金)、第2662回例会にて、
第3回和田勇賞受賞式および和田勇物語感想文最優秀作品表彰式が行われました。

和田勇賞・感想文優秀者 和田勇賞・感想文優秀者


◆第3回和田勇賞受賞式

山崎忠男様山崎忠男様(弘武館名誉館長)

自宅の庭で近所の子供たち五、六人で
精神を鍛えようと稽古を始めていた。
そろばん教室を経営する関係から多くの子供たちが
よく山崎家に集まってきていたことがきっかけで、
自然に次々と参加者が増え、
昭和31年3月、健康な体をもち、
困難に屈しない精神力を育て、
友情と協力の精神によって
進んで社会の発展に貢献する人間造りを目的として
藤園少年剣道クラブを創立する。
その頃は御坊警察署の道場や
御坊小学校の講堂などを借りて稽古を行っていたが、
昭和50年3月に道場を建設し、名称も「弘武館」と改め現代に至る。

又、昭和43年には藤園少年剣道クラブ内に豆図書館「藤園文庫」を開設し、
文武両道の精神を指導する。このように広く書に親しませ、
一日百字の漢字練習と漢字テストを実施した。
藤園少年剣道クラブ、弘武館を対外試合で
全国優勝をはじめ数多くの好成績を収めるような素晴らしいクラブに育て上げた。

今、この御坊で、藤園少年剣道クラブ、
弘武館の多くの卒業生たちが活躍するにいたっている。
この山崎氏のこれまでの業績は、和田勇氏の精神に通じるところが多くあり、
今回山崎忠男氏にこの賞を贈る。


◆第3回和田勇物語感想文優秀作品表彰式

小学生の部では14校359名、中学校の部では12校454名と多くの作品を応募頂きました。
その中から小学校の部では山本実永さん(和佐小学校5年生)、
中学校の部では関夏未さん(丹生中学校1年生)が、最優秀賞に選ばれました。
おめでとうございます。


◆小学校の部・最優秀賞

山本実永さん山本実永さん(和佐小5年)

「努力を惜しまない勇さん」
和田勇物語を読んで、一番心に残ったのは
勇さんの「お互いに助け合うこと。
それができる人はすばらしい。」という言葉です。
勇さんは日系人で、妹や弟がたくさんいました。
でも、「ぼくががまんしなければ。」と
前向きに生活していてすごいと思いました。
私とは大ちがいだと思ったけれど、勇さんは子どものころ和歌山県に住んでいたと知って、
私も、勇さんのようになれるかなと思いました。
昭和十六年にアメリカと日本の戦争が始まり、勇さんは辛い毎日を送りました。
それは、両方が祖国だからということでした。
でも勇さんは、祖国のために力をつくしたいと思っていました。
私だったら自分のことばかり考えているかもしれないと思いました。
勇さんは、農場で働き始めました。
休みなしできつい労働にはげんでいて、すごいと思いました。
やっと戦争が終ったころに、おくさんが勇さんに、
日本の水泳選手を家にとめてあげたいといい出し、勇さんもさん成しました。
私は、戦争が終ったばかりなのにやさしいと思いました。
勇さんの家でたい在していた選手たちは、新記録を次々ととり日本の圧勝でした。
これは、勇さんのおかげかもしれないと思いました。
勇さんが日本にきて、オリンピックを価ちあるものととらえている田畑会長の実家を訪ねました。
二人は、東京でオリンピックが開かれる日が来ると思っていて、
勇さんは東京でオリンピックを開くために、いろいろな国をまわりました。
そして、東京でオリンピックを開くことができました。とても感動しました。
私は、日本とアメリカの二つの祖国をもち、努力を惜しまず生きた勇さんは、
心のとてもあたたかい人だと思いました。
この物語を読んで、和田さんのように、自分はがまんし、
みんなが幸せになることを考えられる心を世界中の人が持てればいいなと思いました。


◆中学校の部・最優秀賞

関夏未さん関夏未さん(丹生中1年)

「大切なもの」
自らを省みずに、祖国のために
全力を尽くした人がいました。
その人の名は、和田・フレッド・勇。
そんなすばらしい人が
私達のふる里にゆかりがあったことを初めて知った私は、
今まで知らなかったことが恥かしくなりました。
勇さんは、東京オリンピックを招致するのに
重要な役目を果たしました。
敗戦で活気を失った日本の復興のために全力を注いだそうです。
自分の店を投げ出し、東京でオリンピックを行うことを認めてもらうため、
中南米の国々をまわりました。
私は、勇さんが自分の私財も投げうってまで
中南米を旅したことにすごく驚きました。
勇さんのこの努力が実り、開催地は東京に決まりました。
東京オリンピックの実現によって、
どれだけの日本人が勇気づけられたことでしょうか。
勇さんのおかげで日本は一等国の仲間入りを果たしました。
勇さんはアメリカ人でありながら、日本にとても大きな影響を与えたのです。
もし勇さんの活躍がなかったら、日本はどうなっていたのでしょうか。
オリンピックを日本で開催するなんてことは実現せず、
ずっと夢だと思われ続けてるかもしれないし、
今のような発展だって遅れていたかもしれません。
つまり、日本の歴史が全然違っていたかもしれないということだと思います。
私は、勇さんがこれほどまでに日本や人のために尽くせるのは、
きっと祖国をとても愛していたからだと思いました。
私だって祖国の日本は大切で、大好きな国です。
でも、それ以上に勇さんは日本を大切な国だと思っていたのではないでしょうか。
大切なもののために力を尽くそうと思う気持ちは分かります。
でも、やっぱり私にはそこまですることはできないと思います。
私は、家族や友達が大切だと思いますが、
勇さんのように力を尽くしたことはありません。
だから、勇さんはすごいと思います。
私も、今は自らを省みずに全力を尽くしたことはないけれど、
いつか、勇さんのように本当に大切なもののために尽くせる人になりたいです。


◆その他の入賞者の皆さんは、以下の通りです。

【優秀賞】
中橋桜さん(松原小)、硲間千尋さん(衣奈小)、石橋佳奈さん(河南中)、
岸本真実さん(美山中)、山口京さん・中島弘貴君(松洋中)
【入賞】
田中翔大君(和田小)、芝玲奈さん・堀月香さん(名田小)、
友渕勝哉君(笠松小)、大江佑生さん(由良小)、田中魁里君(稲原小)、
竹内世奈さん(御坊小)、古田裕希子さん(丹生中)、伊藤理恵さん(河南中)、
横川知司君(大成中)、古屋朱理さん、湊若菜さん(名田中)
 
 

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